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そば切り 観世水
観世水のホームページは、カッコイイ設えである。
どんなにか格調の高いお店なんだろうと訪れるのを躊躇していた。が、木枯らしの吹き荒ぶある日の昼、意を決して行ってみた。こじんまりとした親しみのある造りで、なぜかほっとした。地下1階。入り口左手に、石臼が静かに回っている。小粋な暖簾をくぐると、当然ながら満席状態。小柄なめがねのおねえさんが、目聡く見つけてくれた。一人なのに空いた四人卓に案内される。殊勝にも「二人席が空いたら代わりますから」と云いながら。
初めてのお店ではいつも、せいろとかけをお願いすることにしている。一人前がせいろ2枚という。かけもいただくには多いかなあと思いつつ品書きを追っていたら、牡蠣南蛮が目に留まった。牡蠣の誘惑に勝てずちょっと悩んだ末、牡蠣南蛮とせいろ1枚にした。まず、薬味と汁がお盆に載ってやってきた。汁は濃くやや甘目で好みの味。薬味はちゃんと輪解きのされた葱と大根おろしと本山葵である。あったかいそば用の薬味としてねぎが別に添えられている。まずは、せいろ。色もかたちも品のよい挽きぐるみで香りと甘味が程よい。ちょうど食べ終わった頃に、牡蠣南蛮の登場である。大ぶりの牡蠣と太目のねぎがそばを隠している。塗りのスプーンで汁を一口・・・牡蠣のエキスをたっぷりと含んだ濃厚な汁は、いわゆる甘汁とは別世界のもの。ちょっと炙った葱の白身がほっこりとした牡蠣の身によく合う。木枯らしを押してきた甲斐があった。 何日か後、今にも雨が落ちてきそうな空模様。そば前を目的に夜の観世水に出向いた。溜池の事務所から15分程度の道程。男二人、期待が膨らみつい早足になる。木曜日の夕暮れ時。既に二組ほどが、静かに楽しんでおられた。うれしいことに、「今度来たらあそこで」と、目星をつけておいた壁際の席に。壁には、大きな備長炭が二本、すっきりと活けられた花と面白い調和を為している。まずはビールで潤しつつ、そば前のアテを選んだ。日替りメニューには、刺身、鍋物、焼き物、煮物・・・と数十種類の品書きが並んでいる。牡蠣鍋、鴨焼き、ノドグロの開き、菜の花の辛し和え・・・と、お燗二本をお願いした。奥さんはにこやかに、燗酒の銘柄は秘密という。日替りメニューは手書きである。ご亭主が毎日手ずから書かれるそうだ。聞けば、小学校から高校まで書道に勤しんだとのこと。白地の和紙に墨黒々と書き慣れた文字が並ぶ。客にとってはこれも、うれしいあしらわれ方のひとつだ。
まず、菜の花の辛し和え。目の前に春が来た。程よく出汁を含んだ春色の一品は、やや熱の燗酒とともに瞬き間になくなった。岩手県広田湾の牡蠣は、飴釉の厚手の鍋の中でセリや豆腐や柚子を従えて出番を待っていた。ほふほふと牡蠣を頬張って、セリの歯ざわりを楽しんで、柚子の香りに鼻腔が揺らぎ、徳利はまたまた軽くなる・・・。埼玉の合鴨は、まさに甘い極太ねぎを背負って厚みの姿を朱色の器に横たえている。そっと添えられた柚子胡椒をからめて、やわらかい一切れを一気に頬張った。じゅわーっと鴨の油が口中に広がって・・・旨い!田酒の純米酒をお燗にお願いして、しっかりした田酒でしっかりと鴨焼きを楽しんだ。
本陣坊で修業7年のご亭主は、当地にお店を構えて7年目と。シャキンとした話しっぷりに、奥さん、惚れたかな? まだ、四十歳。パリパリのそば職人である。
ほろ酔い機嫌の仕上げに越前そばのせいろ二枚を平らげて外に出たら、静かに雨が落ちていた。心なしかあたたかい。よい時間をすごしたので、男二人、上機嫌であった。
観世水
東京都港区赤坂3-12-22 竹下ビルB1 TEL 03-3589-4556
営業時間:月〜金11:00 〜 15:00 17:30 〜 23:15 土11:30 〜 21:30
定休日:日曜日・祝日
<そば語>
南蛮(本来、「南蛮」とは南方の異文化のこと。南蛮貿易などがそれである。料理での「南蛮」は、二通りあるようだ。ひとつは、唐辛子を使った南蛮煮や南蛮漬。つまり唐辛子のことを南蛮という。もうひとつは、葱のことを南蛮という。鴨南蛮や牡蠣南蛮では、太目の葱がちょっと炙られて入っている。ではなぜ、葱のことを南蛮というのか。一説に、大阪難波がかつて葱の産地だったところから、鴨難波が転じて鴨南蛮となったとも)
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